バチカンでとり行われた、パウロ6世はじめ7人の列聖式 2018年10月14日 バチカンでとり行われた、パウロ6世はじめ7人の列聖式 2018年10月14日 

教皇パウロ6世、オスカル・ロメロ大司教ら、7人の列聖式、バチカンで

教皇パウロ6世、オスカル・ロメロ大司教ら、7人の列聖式がバチカンでとり行われた。

教皇フランシスコは、10月14日(日)、バチカンでミサを捧げられ、この中で、教皇パウロ6世、オスカル・ロメロ大司教らをはじめとする7人を列聖された。

シノドス開催中の列聖式

秋晴れの下、聖ペトロ広場で行われた列聖式には、「若者」をテーマとして現在バチカンで開催中の「シノドス」に参加する、世界各国の司教らが集った。

また、イタリアをはじめ、エルサルバドル、ドイツ、アルゼンチンなど、新聖人らにゆかりのある国々、また修道会関係者が多数詰めかけ、列聖式を共に祝った。

この儀式を通して、次の7人の福者が聖人として宣言された。

・パウロ6世(ジョヴァンニ・バッティスタ・モンティーニ、教皇、イタリア1897-1978)

・オスカル・アルノルフォ・ロメロ・ガルダメス(大司教、殉教者、エルサルバドル1917-1980)

・フランチェスコ・スピネッリ(教区司祭、聖体礼拝修道女会創立者、イタリア1853-1913)

・ヴィンチェンツォ・ロマーノ(教区司祭、イタリア1751-1831)

・マリア・カテリナ・カスパー(イエス・キリストの貧しい侍女会創立者、ドイツ1820-1898)

・ナザリア・イニャチア・ディ・サンタ・テレザ・ディ・ジェズ(教会の十字軍宣教女会創立者、スペイン1889-アルゼンチン1943)

・ヌンツィオ・スルプリツィオ(信徒、イタリア1817-1836)

教皇の説教「すべてを与え、すべてを求めるイエス」

教皇は説教で、ミサ中朗読されたマルコ福音書の「金持ちの男」のエピソード(10,17-30)を観想された。

このエピソードでは、ある人がイエスに走り寄り、ひざまづいて「永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか」と尋ねる。

イエスが「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え』という掟をあなたは知っているはずだ」と言うと、この人は「そういうことはみな、子供の時から守ってきました」と言う。

イエスは彼を慈しみ、「あなたに欠けているものがある。行って持っている物を売り払い、貧しい人に施しなさい」「それからわたしに従いなさい」と言うと、たくさんの財産を持っていたこの人は、悲しみながら立ち去った。

「イエスはすべてをお与えになり、すべてを求められます」と教皇は述べ、完全な愛を与えると同時に、心のすべてを求められる「イエスのラディカルさ」を強調された。

教皇は、わたしたちはイエスの愛に惹きつけられるならば、「神を愛するのか、富を愛するのか」、また「愛するために生きるのか、自分のために生きるのか」を選ばなくてはならないと話された。

「悲しみながら立ち去った」この人は、掟と持っている財産にこだわり、イエスに出会い、いつくしみの眼差しを受けたにも関わらず、自分の心を差し出すことができなかった、と述べられた。

「イエスとの出会いの喜びに立ち返ろう」

教皇は「悲しみとは、遂げられなかった愛のしるし」であるとし、これに対し、富から解放された心、主を愛する自由な心は、常に喜びをまわりに広げる、と語られた。

「イエスは今日、ご自身との出会いという喜びの源に立ち返るよう、わたしたちを招いている」と述べた教皇は、イエスに従うためのリスク覚悟の勇気ある選択、イエスの道を行くために何かを犠牲にする精神の必要を示しつつ、この道のりをたどった人々、それが聖人たちであると話された。

「聖性」という普遍の召命

そして、教皇はこの日列聖された聖人たちの生涯を回顧。

中でも、キリストの福音のためにすべてを捧げ、新しい地平を切り開きながら、宣教と対話に尽くし、遠くを見つめ、貧しい人々に奉仕する、外に向かう教会の預言者となったパウロ6世を思い起こされた。

人々の無理解に苦しみながらも、イエスに従う喜びと素晴らしさを情熱的に証しし、バチカン第2公会議の賢明な導き手となったパウロ6世は、今日もわたしたちを「聖性」という普遍の召命へと招いている、と教皇は話された。

また、教皇は、この世の平穏を捨て、福音に従い、貧しい人々に寄り添い、自らの命までをも捧げるに至ったロメロ大司教と同様に、フランチェスコ・スピネッリ神父、ヴィンチェンツォ・ロマーノ神父、マリア・カテリナ・カスパー修道女、ナザリア・イニャチア・ディ・サンタ・テレザ・ディ・ジェズ修道女、そして、苦しみの中でイエスと出会い、沈黙の中で神に自らを捧げた信徒、ヌンツィオ・スルプリツィオらの証しを称えられた。

14 10月 2018, 14:26