教皇:「教会は多くの偏見や誤解にもかかわらず常にすべての人々を受け入れる」一般謁見で
教皇フランシスコは、1月15日、バチカンで水曜恒例の一般謁見を行われた。
この日の謁見には、世界各国から約7千人の信徒たちが参加、会場のパウロ6世謁見ホールを埋め尽くした。
謁見中のカテケーシス(教会の教えの解説)で、教皇は「使徒言行録」を紐解きながら、殉教前の使徒聖パウロの、ローマでの宣教活動について次のように話された。
「親愛なる兄弟姉妹の皆さん
「使徒言行録」を記した聖ルカは、聖パウロのローマでの最後の様子を詳しく書き残してくれました。
聖パウロは囚われの身ではありましたが、一軒の家を与えられ、兵士の監視付であったものの、自由に神のみ言葉、福音を伝えることができました。
神の言葉に耳を傾けようとした多くの人々が、パウロのもとを訪れていました。パウロは家から出て自由に動き回ることはできませんでしたが、訪れる人々に話すことは、まったく自由でした。
パウロの言葉を鎖でしばりつけることはできなかったのです。パウロの言葉は多くの人々の心に、神のみ言葉の種子を蒔き続けました。
聖パウロのローマでの家は、教会の象徴です。たとえ、いかに誤解され、偏見を持たれようとも、神を求め、福音に耳を傾けたいあらゆる人々に、教会は常に大きく開かれています。
教会は、イエス・キリストにおいてその具体的な姿を見せてくださった神の愛を、すべての人々に伝えるために、常に母親の心をもって、疲れも厭わず、あらゆる人々を受け入れ続けているのです。
聖ルカは、「使徒言行録」をパウロの殉教ではなく、パウロの宣教をもって終えています。それは、「使徒言行録」は、今日もなお福音の旅路が続行していることを示唆しているかのようです。
兄弟姉妹の皆さん、聖霊は、わたしたち一人ひとりを力づけ、それぞれが置かれた場で福音宣教にまい進できるよう、生かし続けてくださるのです。
聖パウロのローマのあの家のように、わたしたち各々の家も、生けるキリストが訪れるすべての人を迎え入れる、兄弟愛と福音の家にしたいものです」。