教皇フランシスコ 2024年5月19日 「聖霊降臨」の祭日の正午の祈り 教皇フランシスコ 2024年5月19日 「聖霊降臨」の祭日の正午の祈り  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

「聖霊に耳を傾けるためには」教皇、正午の祈りで

「聖霊降臨」を祝った5月19日(日)、教皇フランシスコはレジーナ・チェリの祈りをバチカンの広場の巡礼者と共に唱えられた。

 教皇フランシスコは、5月19日(日)、バチカンで正午の祈りの集いを持たれた。

 「聖霊降臨」の祭日、午前中聖ペトロ大聖堂でミサをとり行われた教皇は、正午にはレジーナ・チェリの祈りをバチカンの広場の巡礼者と共に唱えられた。

 祈りの前の説教で、教皇はこの日の福音朗読箇所、イエスが聖霊の働きについて語る場面(ヨハネ15,26-27、16,12-15)から、「聖霊は聞いたことを語る」(参照 同16,13)というイエスの言葉を考察された。

 教皇の説教の要旨は次のとおり。

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 今日、聖霊降臨の祭日、わたしたちは聖霊がマリアと使徒たちの上に降りてきたことを祝う。今日の典礼の福音で、イエスは聖霊について話し、聖霊は「聞いたことを語る」(参照 ヨハネ16,13)と言われた。この言葉はどういう意味だろうか。聖霊は何を聞き、何を話されるのだろうか。

 聖霊は、愛情や、感謝、信頼、いつくしみの感情を表現する言葉でわたしたちに語りかける。その言葉は、神の永遠の愛のように、美しく、光り輝き、具体的で、永続する一つの関係をわたしたちに教えてくれる。それは御父と御子の対話の言葉である。それはまさしく愛によって変容させる言葉、わたしたちにその同じ感情と意図を生み、育てるために、聖霊がしばしばわたしたちの中に繰り返し、耳を傾けさせる言葉である。

 それゆえ、わたしたちが小さな聖書を持ち歩き、時間を見つけては、毎日神の御言葉に耳を傾け、その言葉に養われることが大切である。

 司祭であり詩人でもあったクレメンテ・レボラは、自身の回心について語りながら次のように記した。「神の御言葉がわたしのおしゃべりを黙らせた」と。神の御言葉はわたしたちの軽率なおしゃべりを黙らせ、誠実で、美しい、喜びにあふれる言葉を語らせる。これが聖霊の声にわたしたちの心の場所を明け渡す方法である。

 そして、礼拝と祈り、特に簡潔な祈りや沈黙の祈りを通して、また、わたしたちが良い言葉を語り合い、慰め主である方の甘美な声を互いに響かせることで、聖霊に耳を傾けることができる。

 福音を読み、観想し、沈黙のうちに祈り、良い言葉を語る、これらは難しいことではなく、皆にできることである。ではここで自問しよう。わたしの生活にこれらの行為は場所を占めているだろうか。聖霊によりよく耳を傾け、他者のためにその声をこだまさせるために、これらの習慣をいかに身につけられるだろうか。

 聖霊降臨に使徒と共におられたマリアよ、わたしたちが聖霊の声に従順になれるようにお助けください。

        

19 5月 2024, 17:01

レジーナ・チェリの祈りとは?

レジーナ・チェリ(アレルヤの祈り)は、4つの聖母の交唱(アンティフォナ)のうちの一つです。(この他の聖母のための交唱には、アルマ・レデンプトリス・マーテル、アヴェ・レジーナ・チェロールム、そして、サルヴェ・レジーナがあります。)

教皇ベネディクト14世は、1742年、これを復活節の間、すなわち復活の主日から聖霊降臨までの期間、お告げの祈り(アンジェルスの祈り)の代わりに、死に対する勝利のしるしとして起立して唱えるようにと定めました。

お告げの祈りと同様に、早朝、正午、夕方と、一日3回唱え、その一日を神とマリアに捧げます。

この古いアンティフォナは、伝承によれば、4世紀、または10世紀にさかのぼります。その普及については、13世紀半ばから記録され、フランシスコ会の聖務日課に挿入されたことが知られています。これは、4つの短い詩句からなり、それぞれがアレルヤで終わります。これは、信者が天の元后マリアに向けて、キリストの復活を共に喜ぶ祈りです。

教皇フランシスコは、2015年4月6日、復活祭翌日のレジーナ・チェリの祈りにおいて、この祈りを唱える際の心掛けについて語っています。

「わたしたちはマリアに向かって、お喜びくださいと言います。なぜなら聖母に宿られた方は、おことばどおりに復活されたからです。そして、わたしたちは、聖母の取り次ぎを願うのです。実際、わたしたちの喜びは、聖母の喜びを反映するものです。マリアは御子イエスの死と復活の出来事の静かな証し人です。
母の喜びを自分のものとする、子らの喜びをもって、この祈りを唱えましょう。」

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