教皇フランシスコ 2024年6月29日 使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日のお告げの祈り 教皇フランシスコ 2024年6月29日 使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日のお告げの祈り  (Vatican Media)

聖ペトロの鍵と使命を考える、教皇、お告げの祈りで

教皇フランシスコは、使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日、バチカンで正午の祈りを唱えられた。

 使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日、6月29日(土)午前、教皇フランシスコは、バチカンの聖ペトロ大聖堂でミサをとり行われ、正午にはお告げの祈りの集いを持たれた。

 祈りの前の説教で、教皇はこの日の福音朗読箇所(マタイ16,13-19)中の、イエスがペトロに行った「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける」という言葉を観想された。 

 教皇の説教の要旨は次のとおり。

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 今日、使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日の福音朗読の中で、イエスはペトロと呼ばれたシモンに対し「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける」(マタイ16,19)と言われた。それゆえに、わたしたちは、ここ聖ペトロ広場の彫像のように、聖ペトロが二つの大きな鍵を持った姿で表現されるのを見かける。この鍵は、全教会への奉仕のために、イエスがシモンに託した権威を表している。

 しかし、注意しなければいけないことは、ペトロの鍵は天国の鍵であるが、イエスは天国を金庫や頑丈な貴重品室のようなものではなく、小さな種、貴重な真珠、隠された宝、わずかなパン種のようなイメージで語っていることである。つまり、それは貴重で豊かなものであるが、同時に小さく目立たないものである。したがって、そこに到達するには、安全ロックを操作するのではなく、忍耐や、配慮、堅実、謙遜といった徳を育まなければならない。

 イエスがペトロに託した使命は、家の扉を固く閉ざし、わずかな選ばれた客だけを入れることではなく、イエスの福音に対する忠実において、すべての人がそこに入る道を見つけられるように助けることなのである。

 そして、ペトロはその使命を、生涯をかけて、忠実に、殉教に至るまで果たすだろう。ペトロは、苦労やつまずきを経ながらも、主との出会いから生まれる喜びと自由を、最初に自分自身が体験した。ペトロは最初にイエスに自分の扉を開いた。だが、その回心は容易なことではなかった。ペトロがイエスに「あなたはメシアです」と言った直後に、イエスの受難と死の予告を聞いて、それを受け入れることを拒絶したために、イエスから叱責されたこと(参照 マタイ16,21-23)を思い出してみよう。

 ペトロがイエスから天国の鍵を受け取ったのは、彼が完璧だったからではない。それは、彼が謙遜で正直な人であり、御父が彼に混じり気のない信仰を与えられたからである(参照 マタイ16,17)。それゆえに、ペトロは、神のいつくしみに自らを委ねながら、イエスが彼に命じたように、兄弟たちを支え力づけることができた(参照 ルカ22,32)。

 では、ここで自問しよう。わたしは、神の恵みによって、天国に入る望みを育んでいるだろうか。そして、神の助けによって、自分は他者に対しても天国の受容的な管理人でいるだろうか。そうなるために、イエスと、わたしたちの中に住まわれる聖霊に「やすりをかけられ」、なめされ、形作られるように、自分を委ねているだろうか。

 わたしたちが互いに主イエスとの出会いの導き手、支え手となれるよう、使徒たちの女王、マリア、そして聖ペトロ、聖パウロの取り次ぎを祈ろう。

29 6月 2024, 20:48

お告げの祈り(アンジェルスの祈り)は、神の御子の受肉の永遠の神秘を思い起こす祈りです。この祈りは、朝の6時、正午、夕方18時頃の3回唱えられ、その時には、お告げの鐘が鳴らされます。アンジェルスの祈りと呼ばれるのは、ラテン語におけるこの祈りの冒頭の部分、– Angelus Domini nuntiavit Mariae – から採られています。この祈りは、イエス・キリストの受肉について語る3つの簡潔な本文と、3回のアヴェ・マリアの祈りからなります。お告げの祈りは、教皇によって、バチカンの聖ペトロ広場で、日曜日とカトリック典礼暦の祭日の正午に唱えられます。祈りの前に、教皇はその日の聖書朗読箇所などを観想する短い説教を行います、祈りの後には、巡礼者たちへの挨拶が続きます。
復活祭から聖霊降臨までは、お告げの祈りの代わりにアレルヤの祈りが唱えられます。これはイエス・キリストの復活を思い起こす祈りで、祈りの終わりには栄唱(グロリア)を3回唱えます。

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