教皇、この1年間に亡くなった枢機卿・司教らを追悼

教皇フランシスコは、ミサの中でこの1年間に亡くなった枢機卿・司教らを追悼された。

 カトリック教会の伝統は、一年の中でも特に11月を死者のために捧げている。

 教皇フランシスコは、11月4日(月)、バチカンの聖ペトロ大聖堂で、この1年間に亡くなった枢機卿と司教らのための追悼ミサをとり行われた。

 このミサの中で、教皇は最近帰天した枢機卿7人と、大司教・司教ら123人を思い起こされた。

 ミサの説教で教皇は、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」(ルカ23,42)という、イエスと共に十字架にかけられていた二人の犯罪人のうちの一人の言葉を皆に示された。

 この言葉をイエスに言った男は、イエスの宣教に従い、最後の晩餐を共にした弟子の一人ではなく、それどころか犯罪人であった。名前さえ知られていないこの人は、人生の最後の時にイエスと出会い、息を引き取る前にイエスと交わしたその言葉は、福音書の中で真理に満ちた対話となった、と教皇は話された。

 この死刑囚はわたしたち皆を代表する存在であり、われわれは彼に自分たち一人ひとりの名前を与えることができる、と述べた教皇は、「イエスよ、わたしを思い出してください」という言葉は、わたしたちの嘆願でもある、と指摘された。

 「イエスよ、わたしを思い出してください」=「わたしをあなたの聖心の中に入れてください」と、イエスと一緒に十字架につけられながら言ったこの人の願いは、敗北した者の嘆きの声ではなく、むしろ希望に満ちたものであり、彼はイエスの聖心に迎え入れられることを求めながら、最後に弟子として死んだ、と教皇は語った。

 主は、常に罪人の祈りを最後まで聞かれる。苦しみに貫かれたキリストの心は、世を救い、死にゆく者を受け入れるために開かれ、罪の無いお方であるイエスは、罪人であるこの人の嘆願に、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」(ルカ23,43)と答えられた。教皇は、この人の命が尽きようとする時、神の愛は死から自由をほとばしらせ、死を宣告されたこの人は贖われ、十字架上での短い出会いは永遠の平和をもたらした、と説かれた。

 教皇は希望のもとに、いつくしみ深い神に信頼しながら、この12ヶ月の間に亡くなった枢機卿と司教らのために永遠の安息を祈られた。

 そして、「イエスよ、わたしを思い出してください」というこの言葉を、自分のものとして繰り返すように招かれた。

04 11月 2024, 16:49